一般的に起業する場合よく話題となるのが、「個人事業主」とするか、もしくは「法人を作るか」と言うことではないでしょうか。
また個人事業主で始めたとしても、「どのタイミングで法人化(法人成り)すれば良いか」などと言う話もよく聞きます。例えば、売上が1000万円を超えたら法人化する、と言う話題などです。
ただ実際は、個人事業主でありながら、法人も持っているという人は結構います。
この法人は俗称として、マイクロ法人や1人法人などとも呼びますが、社員が自分しかいない小さな「法人」のことです。
会社員の人からすれば、そんなめんどくさそうなことをなぜするのかと思われるかも知れませんが、これはこれで大きなメリットがあるため、今日はその理由とメリットについて紹介します。
※なお、私個人の経験にも基づいて執筆してはいますが、税金や法律に関して絶対的に正しいことを保証するものではないため、その点はご了承ください。
個人事業主+1人法人はどんな人
個人事業主として活動しながら、基本的に自分1人しか社員がいない法人を持っている人はそれなりにいます。
これがどんな人に向いているかというと、
- 1.大きな売上規模を目指さない
例えば、将来的に上場を目指して企業規模をどんどん大きくしていきたいとか、年収1億円を目指したいとか、そういう人には向きません。
そういう人は、個人事業主として開業する必要はないでしょうから、自分の会社をどんどん大きくしていけば良いでしょう。
そうではなく、基本的にはフリーランサーとして1人で活動していており、ある程度の売上があったり、法人化しようかどうか迷っている、程度の人が当てはまるでしょう。
- 2. 複数の事業を行っている
個人事業主に加えて法人を作るには、それぞれ別の事業にする必要があります。
同じ事業の売上を分けただけであれば、税務署の判断により同一のものと見なされる可能性があるからです。
例えば、メインはブログのアフィリエイトを稼いでいるが、たまにアマゾンでも物販をやっている人であれば、売上が大きいアフィリエイトを個人事業主に残しておき、小さな物販を法人に移す、などが考えられます。
基本的には法人側で利益を出すことは考えていないため、規模の小さな事業を1つ、法人に移すようなイメージになります。
では、実際のメリットを見ていきましょう。
メリットは社会保険、税金の負担で大きな差
結論から言ってしまえば、法人を持つ場合の最も大きなメリットは「節税」ということになり、その中でも「社会保険(健康保険と年金)」と言えます。
特に、独身世帯よりも家族がある世帯の方がそのメリットは大きくなり、世帯人数が増えれば増えるほど、その効果は開いていきます。
それでは、実際にどの程度税負担が変わってくるのか、シミュレーションしていきましょう。
家族構成と所得の前提
前提として以下のような家族構成を想定します。
[家族構成]
・本人の年齢は20~39歳
・配偶者の年齢も20~39歳、かつ年収は103万円未満(社会保険の扶養内)
・15歳未満の子どもが2人
このパターンでは、本人と配偶者は「介護保険の対象外」となります。
配偶者は、「非課税」であり「配偶者控除が満額」で受けられ、また「社会保険(健康保険と厚生年金)の場合は扶養に入る」ことができます。
子どもは扶養控除の対象外の年齢が2人を想定しています。
つまりは、中学生以下の子どもが2人いる、両親が40歳未満の4人家族、といった想定です。
[課税所得]
個人事業主として確定申告するときの、売上から経費を引いた「所得」は400万円とし、「青色申告」をするものとします。
控除は他にも医療費控除や生命保険控除などいろいろありますが、今回は計算が複雑になるため、そういったものは一切使っていないものと仮定します。
会社員で言えば、これがいわゆる「額面給与」に近い数字ですが、個人事業主の場合は、「経費」を使って諸々引いた後の数字ですので、実際的には会社員よりも大きな節税効果があることはもちろんです。
ただ、今回は個人事業主と会社員を比べることが目的ではないため、あくまで「所得」が400万円とします。
パターン1. 個人事業主のみの場合
まずは個人事業主だけのパターンの税負担をみてみましょう。
個人事業主の場合は、「国民健康保険」と「国民年金」に加入することになります。それ以外に必要な税と合わせた、合計負担額を出してみましょう。
この場合はあまり複雑な計算はいらないため、シミュレーションサイトを使って税額を算出してみます。
シミュレーションは以下のサイトを使用します。国民健康保険などは住む地域によって差が大きいものではありますが、今回はどこに住むかは想定せず、以下のサイトでの「おまかせ」設定を使います。
・所得税: 89,700円 ・住民税: 194,500円 ・国民年金: 198,480円 ・国民健康保険: 495,985円 |
とでました。
ここで見て分かるのは、「国民健康保険」の負担額が大きいと言うことではないでしょうか。
国民健康保険は「所得割」と「均等割」の部分に分かれますが、「扶養」という概念がないため、「均等割」の部分は人数が増えればその分だけ増加します。
ちなみに、上記の同じ条件で加入者が1人のみの場合は「337,585円」となり、家族が増えれば増えるほど負担も大きくなることが分かります。
(なお、上記の場合でもし実際に4人から1人になったとすると、国民健康保険料の控除額が減るため、所得税と住民税は合計で約3万円ほど増えることにはなりますが、どちらにしろその差額よりも国民健康保険料が上がる金額のほうがかなり大きくなります。)
さらに注意したいことがもう1点、上記のシミュレーションに表示されている「国民年金」の金額は、1人分だけという事です。
通常は配偶者も国民年金に入るでしょうから、世帯単位で考えたときには、
・国民年金198,480円 x 2 = 396,960円 となるはずです。
結局、この国保+年金の部分は、年間で90万円近くになってしまいます。
この部分に関して、法人を作ることにより劇的に減らすことが出来るのです。
なお、個人事業主の場合はさらに「個人事業税」が必要となります。
東京都の場合で計算しますが、「事業主控除」が290万円となり、税率は業種により3~5%となりますが、多くの場合は5%になるかと思いますため、今回は5%で計算します。
すると、(400-290) x 0.05 = 55,000円となります。
パターン2. 個人事業主 + 1人法人の場合
ここで、社員は自分1人しかいない法人(1人法人)を作ったとし、そこから毎月4万円の給与をもらったとします。
ここでの月額「4万円」ですが、これは年間で給与所得控除の最低金額に収まる範囲内での給与にするための金額となります。
かつてはこの数字は「5万円」ぐらいにする場合が多かったです。その理由は、給与所得控除の最低金額が「65万円」だったからです。
この金額以下の数字であれば、法人からもらう給与は全額所得控除されます。また会社から支払う場合も、月額88,000円未満であれば源泉徴収が不要ですので、いわば税金を払う必要が無くもらうことが出来る金額、ということになります。
ただ、令和2年以降は給与所得控除の最低金額が65万円から55万円となるため、実質的には月額4.5万円程度が上限となってしまいました。そのため今回は4万円を例にします。
5万円でも4万円でも後で計算する「健康保険・厚生年金保険」の等級は同じとなるため、実質的に支払う社会保険や税額には変わりはありません。
また、令和2年からは基礎控除が38万円から48万円となるため、個人事業主の収入と合わせた税額でも大きな影響はないと言えるでしょう。(今回の各種計算では38万円のまま計算しています)
社会保険の制度を理解しておこう
ここで良く分からない人は、「月額4万円」と言う給与で社会保険に入ることが出来るのか、という疑問があるかも知れません。
法人の場合、社会保険は規模や業者にかかわらず、「強制適用」となるのです。そう、通常は拒むことが出来ないのです(実際は未加入の法人も多数あることは事実ですが・・)。
社員を雇う場合は、労働日数や給与の額は関係してきますが、1人法人であれば、そもそも代表は加入するしかないのです。
また、「社会保険(健康保険+厚生年金)」に加入しながら、「国民健康保険」と「国民年金」に同時に加入することは出来ません。これはどちらか一方しか加入できません。
つまり、社会保険に加入した場合は、国保や国民年金には加入したくても加入できないと言うことです。
1人法人の場合の税額負担は?
では、実際の税負担額を計算してみましょう。
パターン1と同じく、所得の合計は400万円とします。
ただ今回は、売上のうちの一部を法人に移し、そこから月額4万円x12=48万円を法人からの給与として受け取り、残りの352万円を個人事業主としての所得して計上することにします。
まずは社会保険からです。
社会保険の金額については、多くの人が通常は加入するであろう「全国健康保険協会(協会けんぽ)」の数値を使用します。ここでは、「東京都」の場合の支払額をみます。
法人からの給与が「月額4万円」の場合、最も低い1等級になり、健康保険の個人負担は月額2,862円、厚生年金は月額8,052円となりまりす。
ここで普通の会社員であれば会社との折半となるため、これと同じ額を会社が払ってくれているのですが、1人法人であれば、会社負担分も自分で払っているものとして考えます。
そのため支払額は個人負担の金額を2倍し、合計で月額21,829円(実際には1円未満の端数が四捨五入されるため、単純にかける2とはなりません)となります。
なお、ここでは細かい話となりますが、実際には企業の場合、「子ども・子育て拠出金」というものも徴収されます。主には児童手当などに拠出されるお金で、これは企業から自動で徴収されているのです。
この金額は細かいのですが毎年引き上げられており、2020年度は0.36%でした。2015年度は0.15%だったため、5年で倍以上になっていますね。1等級の場合は給与額が自動的に88,000円で計算されるため、317円が徴収されます。
国はこういう細かいところで少しずつお金を取っていきますので、会社員の場合は特に気づかないうちに色々と引かれており、その金額は年々気づかないうちに少しずつ増えている・・なんと言うことも実はよくあるのです。
それはさておき、これらを合計すると、月額22,146円が必要な金額となります。年額にすると、265,752円です。
ここでポイントが「扶養」の概念です。
社会保険には「扶養」の概念があるため、子どもや配偶者の収入が扶養の範囲内であれば、全て「扶養」に入るのです。そして、扶養家族が何人増えても、支払金額は増えないのです。
さらに厚生年金の場合、配偶者の収入が扶養の範囲内であれば、「第3号被保険者」となり、年金を支払うことなく「国民年金」に加入していることになります。
今回の場合、配偶者は扶養の範囲内で働くことを前提にしているため、配偶者の国民年金も含めて、この「265,752円」に全て含まれるのです。
では、それ以外の税金を見ていきましょう。ここでもパターン1と同じツールを使います。
ただ、「国民健康保険」(社会保険)の金額が違うため、実際には社会保険料控除の額にも違いが出てくるため、ツールの設定で「国民年金無し」「国民健康保険=292,321円」として計算してみます。すると、
所得税: 85,800円 住民税: 186,700円 |
となります。さらに個人事業税は、(352-290) x 0.05 = 31000円が必要となります。
ここで「法人」の税金ですが、個人事業主の場合は赤字であれば納税の必要はありませんが、法人であれば赤字であっても都道府県民税の均等割は支払う必要があります。
東京都の場合はこれが「70,000円」となります。ですので、これは必要な税金として計算する必要があります。
ではパターン1とパターン2を合計してみましょう。
差額はいくら?
・個人事業主のみの場合 所得税: 89,700円 住民税: 194,500円 国民年金: 396,960円(配偶者と2人分) 国民健康保険: 495,985円(配偶者、子ども2人の4人分) 個人事業税: 55,000円 |
合計: 1,232,145円
・個人事業主+1人法人の場合 所得税: 85,800円 住民税: 186,700円 社会保険: 265,752円 (健康保険+厚生年金、会社負担分含む、4人分) 個人事業税: 31,000円 法人の都道府県民税: 70,000円 |
合計: 639,252円
1と2の差額: 1,232,145円 – 639,252円 = 592,893円
となります。
この場合、特に健康保険+年金の部分が、892945円 -> 265,752円 と 1/3以下になっています。
もちろん、単身の場合もっと負担額の差は小さくはなりますし、収入の額によってもことなりますが、基本的には、(1人)法人を持つことで、税金、特に社会保険を大きく節約できる事は最大のメリットとなります。
これ以外のメリットというのは、やっている事業内容等によっても異なってくるのですが、以下のようなものが考えられます。
法人でないと契約できない場合も
卸の契約を結ぶ場合などに、「法人」限定としている会社があります。また、Webサービスでも、「法人」しか受けられないものもあります。
もちろん、「法人」の業務内容にもよってはくるのですが、こういう「法人限定」でしか契約が出来ない場合、法人を持っていることで、入り口にだけはたどり着くことが出来るのです。
消費税の還付を受ける
これはあまり多くないケースですが、私のように「輸出」関連のビジネスを行っている場合、仕入や経費にかかった消費税は、「還付」を受けることが出来ます。
この場合、例えば消費税をもらっている売上があると、相殺されてしまい、還付される額が少なくなってしまいます。
そこで、輸出がメインの場合は、輸出とはまったく関連のない事業を法人に移すことで、消費税の還付額を増やした上で、消費税を受ける事業に関しては、免税額を超えない売上とすることで、消費税の支払を不要とすることができます。
社長を名乗れる
これはあまりメリットではないかも知れませんが、法人を持っていれば、「社長」を名乗ることも出来ます。1人法人でも社長は社長ですね。
法人は赤字決算でも良い
税金の計算の時に、「法人税」は計算に入れませんでした。これは、法人は赤字にするか、もしくは、赤字が多い年を作っておき、損失の繰り越しをしながら調節することを想定しています。
1人法人の場合は、法人で融資を受けることなどはあまり考えていないため、赤字の決算でも困ることはほとんどありません。
また、赤字決算であれば決算申告書も必要最低限の書類ですむため、自分で決算申告をすることも出来ます。
法人を赤字前提とすることで、うまく経費を調節することも可能となります。
経理は複雑になる、でも・・
法人と個人事業主の2つの会計をすると、複雑になると考える人もいるかも知れません。
特に、法人の決算は個人事業主が行う確定申告よりも確かに書類は複雑なため、決算だけでも税理士に頼む人は多くいます。
税務署から送られてきた法人用の決算書類を見たことがある人は、その量だけでも嫌になった、ということもあるかもしれません。
ただ、上でも述べたように赤字とする場合や、黒字でもその額が非常に小さな場合は、提出しなければいけない書類は大して多くありません。
また税務署から送られてくる書類を全て提出する必要もないのです。実際、私はもう何年も法人の決算と申告は自分で行っています。
法人の決算申告を簡単に行う方法は、また別記事でまとめたいと思います。
知っている人だけが得をする
ここまで個人事業主が法人を持つ理由とそのメリットについて見てきましたが、「知っている人だけが得をする」事はたくさんあります。
特に税金については、当てはまることが多いです。
進んで得をする方法を教えてくれる人はほとんどいないでしょう。税務申告時により節税できる方法があったとしても、税務署は決して教えてはくれません。
結局は、自分で知るための勉強を続けることが自己防衛にもつながるのです。